音楽

森高千里「『この街』TOUR 2020-22」in 足利市民会館(5月25日)

2021年5月27日

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子供の頃から親しんでいた足利市民会館が六月に閉館するのですが、ひょんなことから閉館間際になって森高千里さんの全国ツアー「『この街』TOUR 2020-2022」が足利市民会館(5月25日)を皮切りにスタートすることになりました。チケット争奪は激戦で取れないかな∼と思っていたものの、解禁日に朝イチのネット予約でなんとかゲット。あっという間に売り切れていました。コロナ対策で隣席を空席にするため通常の半分しか観客を入れることができず、その代わりに「昼の部」と「夜の部」に分かれてコンサート時間は80分に短縮されるとのことでした。私は連れの都合で「昼の部」に参加しました。
森高さんと足利市といえば『渡良瀬橋』(1993年)があまりにも有名で、モデルとなった渡良瀬橋の近くには歌碑が建立されて森高さんの功績が讃えられています。もともと私が高校生の頃でしたが、足利工業大学(現足利大学)の学園祭に招かれたのがきっかけでご縁が生まれたそうです。それ以前にも同級生の女子が読んでいた銀色夏生の詩集『わかりやすい恋』(1987年)にデビュー前の森高さんが(モデルとして)登場していたり、同級生の男子の家に遊びに行くとポスターが貼ってあったりデビュー当時から知ってはいましたが、私は高校生の頃にミニスカートとか脚線美の森高さんのファンになってしまったクチです。その後、詩人としての森高さんに興味を持つようになりました。『この街』(1991年)や『私がオバさんになっても』(1992年)で歌われたように、たとえ時の流れとともに自分自身や自分を取り巻く世界が変わってしまったとしても思い出は美しいまま心に残りつづける。若い頃には詩の世界観にそれほど没入しなかったものの、いざ「中年の危機」を迎える年齢になると身につまされて思い知らされることもある。
足利市民会館は老朽化のため取り壊されるのですが、市民に対する市当局の説明は納得できるものとは言い難く、取り壊された跡地には足利高校と足利女子校が共学化されて新校舎が建つことになっています。『この街』の歌詞のように日本中のいたる所に存在する消えゆく街の景色の一つなわけですが、思うところがあっても時代の変化は受け入れざるを得ない。
私が参加した「昼の部」は、見たところ足利市民よりも市外から集結した生粋のファンが多かったかな∼という印象でした。コロナ対策でファンが声が出せないので森高さんはちょっとやりにくそうな印象だったけど、ラストにかけて怒涛の展開でかなり盛り上がって楽しかった。後日、ネットニュースで「夜の部」では森高さんが『渡良瀬川』で感極まって号泣したという記事を見かけましたが、同じ閉館のお別れコンサートでも「昼の部」はまだ心の余裕があったのか終始和気あいあいとした雰囲気で終わりました。
私は足利市民会館の近くに住んでいるので、もうツアーのバスを見かけなくなると思うと寂しいですね。コンサートが終わったあと、用があって車で外出したら市内で森高ファンらしき観光客の姿をちらほら見かけました。渡良瀬橋で歌われた何気ない景色だったり、森高さんがMCやSNSで紹介してくれた昭和通りのパンヂュウ、足利しゅうまい、とみやの焼きそば、ココ・ファームのワイン等々をファンが楽しんでくれるのは地元民として嬉しいです。

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